特定非営利活動法人
藤沢相談支援ネットワーク

2020レクイエム

 45年も続く長寿番組の「徹子の部屋」では、年末になるとその年亡くなったゲストの方々のビデオを使って追悼の番組を組むことがあります。徹子さんは今までに何人の方々を送ったのでしょうか。
 最近は葬儀に参列することも少なくなってきましたが、私もこの年になってくると身近な方の訃報に接することが増えてきました。今年亡くなった私にとって大切な4人を紹介して追悼の意を表したいと思います。
 今年の正月明けに義母が亡くなりました。92歳でした。私が直腸がんの手術をしてから数年して義母が悪性リンパ腫になったので見舞いに行きました。心細くなっていた義母を病室でハグしてから私たちは「ガン友」になり、帰省するたびに最初の挨拶はハグでした。その後義母は肺ガンも克服して好奇心旺盛で元気に暮らしていましたが肺がんの再発と脳転移によって力尽きました。最期まで義母らしく過ごせたことを誇らしく思うとともに感謝しています。
 127日にはアメリカの伝説のパイロット「チャック イェーガー」が97歳で亡くなりました。飛行機が大好きな私にとって「史上初めて超音速飛行を成功させた男」として最高のヒーローでした。(映画「ライトスタッフ」の主人公です。)
 5月には子供が大好きで私よりちょっと若い障害児施設の保育士が亡くなりました。私とは「ガン友」で、趣味でも映画「トップガン」でも有名な米海軍の戦闘機F-14Aトムキャットが好きで「トップガン友」でもありました。
 11月には1978年(昭和53年)から、藤沢で2番目に出来た障害者の地域作業所の「星の村共同作業所」の初代職員として一緒に働いた「梅ちゃん」が亡くなりました。
「星の村」で私が5月から働き始めていましたが、何度も梅ちゃんの家に行って、一緒には働こうと誘い、その10月から福祉にデビューしたのでした。
 思えば何の保証もない職場とも言えない労働環境だった作業所に誘い込んでしまったのでした。生来のやさしさと、しなやかな感性を持った彼は福祉の世界でもみんなからの信頼を集めていました。
 しかし、元々は父親譲りの芸術家肌の彼は、晩年の管理職は似合っていなかったので、会うたびに「美術館の館長ならいいけど、施設長はかわいそうだよね。」などと話していました。
 私が直腸ガンの術後に彼からこんなメールをもらいました。
2007626日「大儀であった。大変な試練だけど、同じような経験をした人で、また違った人生観を発見したと言った人が多くいます。改めて生きることの意味を悟ったんでしょうね。海に出ると、縮み上がるほどの大波が釣り船を飲み込もうとします。でも凪の時はなんともやさしく、癒しの海になります。来月、湘南のベタ凪は55歳です。いつまで元気でいられるかなあ。」
 最後に、梅ちゃんが37歳ころに描いたマイクタイソンの絵を紹介します。
今年、コロナ禍の中で亡くなられたすべての方々が永遠の安息を得られますように。