特定非営利活動法人
藤沢相談支援ネットワーク

旅と仕事と

 ひとりでいることはとにかく気楽であった。学生時代は航空券だけを購入し、気が向くままに異国を旅した。そのままの自然さや日常を味わいたかった。どこを歩くか、何を食べるか、どこに泊まるか、そのときの自分の気分や考えで決められる。ひとに騙されることも、物を盗まれることもあったけれど、さり気ないやさしさに感謝することが多かった。
 自分で判断し、その結果がいかなるものであれ、等身大の自分を感じられることが無性に楽しかった。また異文化を通して自分を相対化し、日本文化や習慣、自分の価値観をいくらでも不思議に思えるのも楽しかった。旅は私にとっての当たり前を疑い、また自分を掘り下げる機会であった。
 気楽なひとり旅はしばらくしていないけれど、仕事で出会うひとも、私自身の当たり前をあらためて問い直させてくれる。精神科医中井久夫は『アリアドネからの糸』で、感銘を受けた言葉としてポール・ヴァレリー『カイエ』を引用している。「人は他者と意志の伝達がはかれる限りにおいてしか自分自身とも通じ合うことができない。それは他者と意志の伝達をはかるときと同じ手段によってしか自らとも通じ合えないということである。かれは、わたしがひとまず「他者」と呼ぶところのものを中継にして自分自身に語りかけることを覚えたのだ。自分と自分との間をとりもつもの、それは「他者」である」。
 目の前のひとと向き合う道程は、自分を知ることであり、また人間を知ることも通ずる。だからその道を諦めることは、相手を知れないばかりでなく、自分や人間それ自体を知ることをも諦めることになってしまう。私はそのようにこの言葉を広く理解している。今は若いときとは異なり、等身大の自分を知ったとしてもそこには楽しさより、ため息交じりに相変わらず未熟な自分を実感することが多い。しかし人間の偉大さは以前より感じている。

(K.T)