特定非営利活動法人
藤沢相談支援ネットワーク

OSAMIさん

OSAMIさんは、我が家全員の歯の主治医さんです。半分親戚のようなお付き合いをさせてもらっていました。

OSAMIさんが大腸がんの末期となりホスピスで暮らすようになってから何回か妻とお見舞いに行きました。最初の頃に彼が「この病気になって良いことは何もないけど、長女が自分の仕事を継いでくれる決心をしてくれて、歯科大に受かった事がとてもうれしい。」という話をしてくれたことがありました。この理不尽な状況を2年半続けてきた彼と家族の苦悩と葛藤の中で見つけた明日への希望だったのかもしれません。
私も直腸がんを内視鏡で見つけて切除した後だったこともあり、子どものありがたさは身にしみて理解が出来ました。彼と同じ病気の私が、この先のシナリオが違うことを知りながら見舞いに行くことは辛くもありましたが、会わずにいられない心境でした。
何回目かの面会のとき、病室を訪ねると突然彼が「ちょうど良いところに来てくれた。実は下の子(次女)にこの病気のことをチャンと話ができてないんだ。どうしたら良いだろう。」と興奮した様子で話しかけてきました。私は「知らないはずはないのに?」と思いながら返答に窮していたところ、ちょうど機材の点検で入室してきた看護師さんに彼が興奮して同じことを訴えました。
その看護師さんはすぐに仕事の手を止め、落ち着いて彼の前に行き「それは大事なことですね。お嬢さんにお父さんの口からきちんとお話をしてあげることはとても良いことですね。そうすれば、きっとお嬢さんの心にもお父さんのことがずっと残ると思いますよ。」と穏やかに、しかし自信を持って答えてくれました。
それを聞いて、これまでの興奮がうそのように落ち着いて「そうですね・・・。疲れたので少し休みます。」と言って横になり、何かとても安らかな顔で心も体も痛みから解放されたようにしばらく目を閉じていました。
きっと、消えてゆく自分の命が終りではなくて、大切な人たちの中で生き続けていく命に変われるような気持ちだったのではないでしょうか。同じ場にいた私たちも、とても大きなものに包まれたような安堵感に満たされました。
彼の家族に対する深い愛情や彼を愛する家族の支えが、この苦しい現実と向かい合って受け止めていく力となっていることを実感しました。
最期の瞬間まで、父として、夫として、子として、人として生を全うし、3月初めに亡くなるまでの約2ヶ月をこのホスピスで過ごしました。
そして亡くなってから、家族に大好きだった風呂に入れてもらいこの世に別れを告げました。

彼にしてみれば、やり残した思いやこの世に未練もあったでしょう。家族にしても、もっとしてあげたかった思いもあるでしょう。もっと一緒にいたかったことでしょう。
でも、限られた時間の中で精一杯過ごすことが出来たことで、時間の経過と共に「よかったね。」と思えるようになるかもしれません。

こんな極限状態で生活をする当事者や家族や周りにいる人を含めて、全てを受け入れて包み込んでケアをするホスピスの奥の深さも知ることが出来ました。
私も人を支援することを仕事にしていますが、今回のことではとても言葉では言い尽くせないほど多くのことをOSAMIさんから学ばせてもらいました。

葬儀のときに、白衣をまとった彼を「向こうでも仕事する気なんだね。」と言いながら、皆で送りました。

「OSAMIさん、今度私がそっちに行ったら、また歯の治療をよろしくお願いしますね。」

(理事長 齊藤)